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幸せの素:旅―ボルネオ島② コタキナバルから世界遺産ムルへ [旅]

最近と~っても忙しくて、更新が遅くなってしまいました。
少しずつ、写真たくさんで更新していきます☆

マレーシアの首都クアラルンプールから飛行機でボルネオ島玄関コタキナバルへ。
まずはここでサピ島という無人島へ行き、シュノーリングを楽しむことに。

↑魚を追いかけて泳ぎ続け、いい感じに疲れた私たち。きれいな島でした。

そして、海水浴の疲れを解消するまもなく、世界自然遺産であるムルへ。
正確にはグヌン・ムル国立公園といって、東京23区がすっぽり入る国立公園。
世界最大規模の洞窟など、有名な洞窟がジャングルに点在しています。
ゴキブリいっぱいの洞窟も・・・。
ムルへはコタキナバルからプロペラ機で。

近くで見ると小さくてけっこう怖かったです。

私は機内でビビッてオレンジシュースを吹き出し、隣のおばちゃまに笑われました。。。
左下の帽子をかぶった女の子がmultiちゃんです♪

ムルにはホテルがひとつしかないのですが、ジャングルの中の大きくて
とっても立派な、ジャングルになじんだ外観のホテル。
なぜか写真があまりなく・・・。
たぶん疲れすぎていて、写真どころではなかったのかと。
もっとホテルを撮っておけばよかった!残念。。。
代わりと言っては何ですが、ホテルの床にいた爬虫類の何か。

一見キュートですが、よく見ると獲物をくわえてます・・・・・

次はいよいよゴキブリ絨毯の洞窟へ!


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幸せの素:旅― ボルネオ島① 過酷な旅の始まり [旅]

ちょっと前ですが、おととしの夏ボルネオ島へ行きました。
ハワイへ行こうかなんて計画が始まった夏の旅。
が、ゴハンがおいしそうだと言う理由で、ボルネオ島に行くことに。
(ボルネオ島は世界で3番目に大きな島だそうです。)
このひょんなことから決まった旅が、私の旅の中でもっとも過酷な旅になりました。

東南アジア最高峰と言われる標高4095メートルの山に登ることになったり(辛かった~)、
スコールの中ジャングルをさんざん歩かされ、もう動けないよ~!という時にたどり着いたのが
ゴキブリのじゅうたんの洞窟(そう、映画インディジョーンズそのまんま!)だったり・・・。
無人島でも泳いだなぁ。
昆虫や爬虫類は大きくてカラフルでたくさんいるし。
毎日が筋肉痛!それでも辛いといっていられないほどの本当に過酷でした。。。
食欲が売りの私がゴハンが食べられなくなりました。これも初めての経験。
それでも、過酷な分収穫の多い旅でした。

旅の始まりはマレーシアの首都クアラルンプール。(ボルネオ島はマレーシア)

クアラルンプールではデパートでお買い物したり、エステに行ったり、
おいしいものをたくさん食べたりと、のんびり過ごしました。

旅の計画がけっこう無謀だとうすうす感ずいていたので、
のんびりできるときに、のんびりしようと思ったのかもしれませんが・・・。

それでもやっぱりキナバル山登山、洞窟めぐり、植物園でつり橋を渡る、などなど
辛かったけど、今となってはいい思い出しかない旅でした。
ガイドのみなさん、出会った人々も本当に魅力的だったし。
過酷だけど、とってもオススメのボルネオ島の旅を振り返ります♪


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幸せの素:旅― アンコールワット⑤ 番外編 [旅]

久しぶりに旅に戻ります。
タプロムの木々の生命力には本当に驚きました。

いつか遺跡が完全に破壊されることになりそうです・・・。

トレインサップ湖へ行く途中、ガイドさんが
「ここはお金持ちしかすめないところです。ちょっと見ていきますか。」
と言って、車を降りて案内してくれました。
↓アンコールワット近くの超高級住宅街

ハンモックはこのあたりの家にも必ずあるそうです。

そして楽しかったのが市場。

お肉屋さんはちょっとすごかった、見た感じが。


マンゴスチンはどこで売っているかおじさんにきいたら
「この時期はないよ。」
と言われあきらめていたら、10分後くらいにそのおじさんが息をきらせて
「ごめん、あったよ。」
と教えにきてくれました。
レストランでも、写真屋さんでも、シェリムアップの人はとても気さくでとっても暖かかったです♪
また絶対に行くだろうな、この町は。そしたらハンモックレストランでのんびりしようっと。


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幸せの素:旅― アンコールワット④ 水上の町 [旅]

アンコールワットの近くにあるトレインサップ湖という大きな湖に行きました。
私たちが行ったのは雨季だったので、乾季は道路のところが↓こんな状態に。

トレインサップ湖の水が雨季になると流れ込んでくるそうです。
だからこのあたりのお家は高床式になっています。
こどもたちが楽しそうに遊んでいました。

移動は船ですが、子どもは桶で移動したりしてました。

「1ドルちょうだい。」というために、ものすごい遠くから必至に桶を漕いできたりします。
アンコールワットではあちらこちらでお土産を売る子やお金をねだる子に囲まれます。
年は3歳から10歳くらいでしょうか。学校に行けない子どもたちです。
ポストカードを買うと、売っていた子の手垢と汗でボロボロでした。
だって、カードを握り締めて必至に売っているのですから。売れなくてもあきらめずに。

学校や教会も当然水の上。↓学校では制服をきた子どもたちが元気そうにお勉強してました。

私たちの船であれこれとお世話をしてくれた男の子は10歳でした。
とても優しい子で、日よけの布を下げてくれたり、立ち上がるとき手を貸してくれたりしました。
お礼を言うたびにとっても恥ずかしそうに笑っていました。
夢はお兄ちゃんのように船の操縦ができるようになることだそうです。
がんばってね。

そうそう、アンコールワット周辺のデートスポットは「ハンモックレストラン」だそうです。
壁のない吹き抜けの建物の天井からハンモックがたくさん下がってます。
ハンモックとハンモックの間に小さいテーブルがあって。
外の水田(みたいなの)を眺めながらハンモックに揺られて、と~っても気持ちよさそうでした。
いつかハンモックレストランでのんびりしてみたいな~。


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幸せの素:旅― アンコールワット③悲しい歴史。 [旅]

タプロム。木が遺跡に根をはっていることで有名な場所。
アンジェリーナ・ジョリー主演映画トゥームレイダーの撮影が行われたところです。
下の写真は、映画で使われたところ。

私はアンジーの真似をしてます・・・。命からがら脱出してきた、みたいな・・・。

ガイドさんとは朝から夕方までずっと一緒にいるのでいろいろな話を聞きました。
子どもの頃はいつも銃声におびえながら暮らしていたこと。
生きていることが望みだったこと。
ポツリポツリと、でも、たくさん話してくれた。
カンボジアの悲しい歴史を感じました。
そして、私とそれほど年も変わらず、こうして一緒に話をしているけれど、
私たちが生きてきた環境のあまりの違いに愕然としました。
並んで話していることが不思議なくらいに・・・。

私は学校に行くのが当たり前。なんとなく大学へも行きました。
義務教育のないカンボジアでは、学校へはお金のある人しか行けない。
ガイドさんは子どもの頃から働き、お金を貯め、20歳を過ぎてから高校まで行ったそうです。
そして、日本語、英語をマスターし、ガイドという仕事に就きました。
月給2万円で両親、兄弟、親戚10人の面倒をすべてみているそうです。
こんなに豊かな国で私は自分がどんなに恵まれているのかに気づかずに暮らしていた・・・。
ガイドさんは私に大切なことを気づかせてくれました。

無知な観光客の私に、体験してきたことを真剣に話してくれたガイドさんに心から感謝です。
そして、私が出会ったカンボジアの人々は、みんな本当に親切で優しくて、働き者で、
本当に素敵な人ばかりでした。


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幸せの素:旅― アンコールワット② [旅]

アンコールワット遺跡群ツアー二日目。
日の出前にホテルを出て、アンコールワットの日の出を見に行きました。
雨季だったので、残念なことに曇り。ご来光は拝めず。
晴れているとアンコールワットの後ろから日が昇り、とってもきれいだそうです。
日の出は見ることが出来ませんでしたが、雨季ならではのアンコールワットを見ることが出来ました。

何度かアンコールワットを訪れている人で、雨季のほうが好きという人もいました。晴れもうれしいけど、雨季には雨季のよさがありますね。
いったんホテルに戻って朝食。
私も友達も実は結構食べるほうなので、ビュッフェの朝ごはんをもりもり。
↓を3皿くらい食べてました。毎朝。

朝食を終え、ホテルのロビーでプノンペン(カンボジアの首都)に住んでいる友達と合流。前の日に撮った写真をとりに写真屋さんへ。
私たちが着た衣装は↓こんな感じ。

ガイドのお兄さんも「早く見たいですね~。」とノリノリ。
プノンペンから来た友達も「どんなの撮ったの~?楽しみ。」と興味津々。
私も見るのが楽しみでした~。
プロのカメラマンが30分もかけて撮ってくれた力作だし。
が、しかし・・・
友達は美人に写ってたんですよ~。なのに、私は・・・

化粧が濃すぎて、怖いんです、ものすごく。
丸顔+顔のパーツがでかいので、厚化粧するととんでもないことに(><)!
さらに、かぶせられた冠が重くて辛かったので、どの写真も疲れた顔してるんです。
友達二人は大爆笑。涙流してわらってました・・・。
ガイドさんは「綺麗ですよ~。この人がお嫁さんだったらうれしいです。」
と必死に慰めてくれるのが、また悲しくて。。。
友達二人は私の写真を「ご利益ありそう!一枚ちょうだい。」
と持って帰りました。
家族に見せたときも「ご利益ありそう、この写真。」と言われました。
うれしいんだか、なんなんだか・・・。
ご利益なんてあるわけないよ・・・。だって、私だもん!


幸せの素:旅― アンコールワット [旅]

久々に旅の話に戻ります。
ペルーから帰って時差ボケも治らないうちにカンボジアへ行きました。
今回はスチュワーデス(フライトアテンダントと言うべきでしょうか・・・)
の友達がいろいろ手配をしてくれたので、らくちんな旅でした。

ハノイ経由でシェリムアップ(アンコールワットのあるところ)に到着。
ハノイで飛行機が遅れて、6時間くらい待たされましたが、
高校3年間同じクラスの友達なので、おしゃべりしているうちにあっという間に過ぎちゃいました。

シェリムアップの空港に着くと、ホテルの車がお出迎え。
おしぼりとジュースを車内でサービスというVIPな待遇に大満足♪
(二日もお風呂に入れなかったりしたペルーのあわただしさが嘘のよう)
ホテルの部屋にはお菓子とフルーツがたくさんおいてあって大喜び。
夜中だと言うのにモリモリ食べちゃいました。

翌朝、優しそうなガイドのお兄さんと、おちゃめな感じの運転手さんと4人で
アンコールワットツアー開始。
まずはバイヨンへ。

神秘的な風景にうっとりでした。
自然と遺跡が同化していて、自分も吸い込まれそうな感じでした。
ガイドさんは日本語堪能、知識豊富、そしてとっても優しくて、
遺跡だけでなく、カンボジアのたどった悲しい歴史を体験談として話してくれました。
(次回紹介します☆)

アンコールワット遺跡群のあちらこちらにお坊さんがいました。

遺跡で休んだり。。。


遺跡から森を眺めたり。。。(右端のオレンジさんがお坊さん)

お坊さんは女性に決して触れてはいけないそうです。
間違ってぶつかったりとかもダメ。
触れてしまったらお坊さんをやめなければいけないそうです。
ジョークで「触っちゃおっか。」なんて言ってたらガイドさんに怒られました。
ごめんなさい。。。

お昼はカレー。おいしかった~。

お店の女の子がすごくチャーミングでした。
言葉は通じなかったけど、身振り手振りで話して楽しかったです♪
言葉が通じなくても気持ちって伝わるんですよね。
エジプトでもアラビア語しか話さない人と、車内で5時間ジェスチャーで会話して楽しかったし。
気持ちが大切、と実感。

観光の後、写真屋さんへ。
友達が“カンボジアの伝統衣装を着て写真を撮りたい!”
というので。衣装を着させてくれてメークもして写真を撮ってくれるところです。
私もせっかくだから一緒にとることにしました。
しかし、見本の写真のお姉さんの化粧の濃さにビビッた私はガイドさんに
「顔はこのままでいいです!お化粧はしないようにって言ってください。」と懇願。
しかしガイドさんが「お化粧したほうがいいですよ~。絶対美人になりますよ♪」と。
単純な私は「あ、そう♪じゃ、します♪」とお化粧してもらうことにしました。
が・・・(-_-;) この決断が悲劇を呼ぶことに・・・。


幸せの素:旅― ペルー番外編 [旅]

私をよく知る人は納得と思いますが、私は食べることが大好きです。
食べるために生きてると言ってもいいくらい。
だから旅先での食事は旅の楽しみです。

ペルーは野生の感で「なんだかおいしそう♪」
とは思っていたのですが、これが何を食べても激ウマ!

海が近いところでは魚介が本当においしい。
デモで足止めをくった漁村で食べた『海の幸たっぷりスープ』(勝手に名づけてみました)に感激!
新鮮な海の幸をじっくり煮込んでる感じ。そして驚いたことにパクチーも入ってるんですよぉ。

そして私がとっても気に入ったのが『セビーチェ』(これはほんとの名前)
白身魚のマリネみたいなものでしょうか。

レモンがきいててほんとにおいしい!何度か注文しちゃいましたが、
よく考えたら生の魚なんですよね・・・。私は結構頑丈なのですが
お腹の弱い方にはオススメできないかも。でもおいしいです!

そしてアルパカ料理!絶品でした。

牛肉ほどしつこくなく、でもジューシーで。日本も輸入すればいいのに~。
なんて言いながらバクバク食べていた私に、悪夢が・・・。

アルパカ料理を堪能したあと、何とアルパカとご対面したんです。
そのアルパカちゃんの愛らしいこと・・・。
用意はいいですか?ショックですよ。
上のお肉の調理前は・・・・・・・・・

    ↓この天使のように愛らしいふわふわ巻き毛の。。。


ほんっとにかわいいんです!スマイリー原田のように、つねに笑顔だし。
葉っぱをもっていると
「その葉っぱおくれよ~。」ってな感じでタカタカ寄って来るんですよぉぉぉ。
すんごいかわいい顔で。
「こんなかわいいアルパカちゃんを食べたなんて・・・。」
ショックでショックでその後の観光もなんだか暗い気持ちでした。

もう二度とアルパカは食べないぞ!とマチュピチュに誓います!!!

ペルーで出会った人はドライバーのアルベルトさんを筆頭に
町で知り合った人もみんなほんとうに優しくて素敵な人でした。
ペルーのみなさん、本当にありがとうございます☆

ペルー旅行を考えている方、ぜひ実現させてください♪
あ、アルパカ料理には注意です。後悔しないように、自己責任で。

ペルーから帰国後すぐにこんどはカンボジアへ行きました。
カンボジアはスッチーの友達がすべて手配してくれたのんびりゆったりの旅でした。
が、いろんな発見のある旅でした。
次回の旅のコーナーで紹介します☆


幸せの素:旅―ペルー⑤悲願のナスカへ! [旅]

ドンドンドンドン!とドアを叩く音で目が覚めました。
窓の外はまだ真っ暗でした。友達が飛び起きて外へ走り出て行ったのを見て
私も飛び起き身支度をしました。
友達がドライバーのアルベルトさんのケータイを持って戻ってきて
「今ね、旅行代理店の社長と話してるんだけど、なんとかナスカへ着くよう今出発するようにアルベルトさんに指示を出したんだって。でもね、何時にたどり着けるかわからないし、そしたら私たち、今日出発の帰国の飛行機に間に合わない可能性が大だって。さらに、通行禁止が解除されなかったらデモのなか20キロ歩くこともあるって。どうする?」
大阪チームの4人も集まっていました。みんな神妙な面持ちです。
「ナスカへ行こうよ!」
「うん、行こう!どうにかなるよ!さぁ、出発だ~!」
私たちはすっかり映画の主人公になったような気分になってました。

一台の車に6人が乗り込みアルベルトさんの運転で出発。
アルベルトさんが雇った地元タクシーが裏道を先導して、デモ発生地帯を外れて
ナスカ到着を目指しました。
その裏道がまたすごい。小さな村を通り抜けるのですが、村の入り口で村人がタイヤを燃やし
入れないようにしている。アルベルトさんがお金を払い、村に入ることが出来ました。
怖かったですよ。タイヤ燃やしてるとこなんて初めて見ましたから。
そこまでしたのに村を通り抜けることが出来ず、もとの道へ戻りました。
その道は通行禁止解除を待つ車の大行列。
歩くことになるのかな、と思っていたとき、突然その行列が動き出したのです。
「通行禁止が解除されました。行きます!」
とアルベルトさんが勢いよくアクセルを踏み、私たちは大歓声!

道の両サイドには警官がたくさん。小高い丘には地元の人が大勢石を手に立っていました。
車の速度が落ちたとき、突然前のバスにむかって大きな石が飛び、窓に命中!
窓ガラスが粉々に割れました。
げげ~!ケガしてるんじゃないの、バスの乗客・・・
とビビリまくった瞬間、他の人々が石を片手に私たちの車に向かって走ってきました。
「や、やられる~!!!」と思ったときです
「バンバンバン!」
銃声が!私たちの車の後ろから警官が銃を片手に走ってきたのです。
「は、発砲してますよ・・・、思いっきり。。。」と私は唖然。
石を持った人たちはクモの子散らすように逃げていきました。
それでも私たちの車に近づこうとする人たちが・・・!
するとアルベルトさんがすごい形相で
「うおぉぉぉっ!」
と反対車線に飛び出し、アクセル全開で大混乱地帯を抜けました。
アルベルトさんすごい!!!

ものすごい怖い思いをしましたが、アルベルトさんの大活躍で
私たちはナスカにたどり着くことができました~\(^o^)/

ナスカでは二人乗りのセスナで地上絵を堪能。ちと気持ち悪くなりましたが、
なんせやっとたどり着いたっていう思いがありますから、感激もひとしお。

ちなみに大混乱地帯をデモ終了後の帰り道で撮影しました。

あの混乱がうそのように静まり返っていましたが、デモでは死者がでたようです。
しかし、あの道を歩くなんてことにならなくてよかった~。

怖い話をしてしまいましたが、ペルーはすばらしいところです。
番外編で食べ物や出会った動物たちについてお知らせできたらいいなと思ってます。


幸せの素:旅―ペルー④ナスカへ行けず?(T T) [旅]

ウロス島を後にし、私たちは再びリマへ。そしてリマからナスカへバスで長距離ドライブ。
今度は専用車でゆったりとドライブ・・・のはずでした。
友達が「長旅だからしりとりしよ~。国名しりとり!」などと言い出し
(かなりの天然なんです、この人)、断ったのですがしつこく言うので
しばらく国名しりとりをしていると、ドライバーのアルベルトさんが
「この先デモで道路が封鎖されてるから行けない。しばらくこの先の町で休憩しましょう。」
と困ったように言ったのです。

「そっか~。2時間くらいでデモ終わるのかな~?」
なんて思ってました、私たち。
休憩といわれた町は小さな漁港で、町というか村というイメージのがぴったりです。
観光客が立ち寄ることのないような場所で、私たちはなんとなく海を歩いたりしてました。
そしたら、遠くに日本人が・・・、と思ったらクスコで出会った大阪からのグループに遭遇。
彼らも同じように足止めをくっていたのです。

みんなでいっしょにお昼を食べ、ぺちゃくちゃと話していましたが
1時間たっても、2時間たっても、3時間たってもアルベルトさんは動こうとしない!
ようやく「行きましょうか。」と言ってくれたのは4時間近くたってから。

なのに、そこから1時間くらい走ったところで大渋滞に巻き込まれました。
そこで1時間たっても、2時間たっても車はいっこうに動かず。
デモ発生で警察が道を封鎖しているのです。
「石を投げたり、タイヤを焼いたりしています。
20キロにわたって大きな石を道路に敷き詰めてます。アブナイ。」
とアルベルトさんは説明してくれました。
20キロも石を敷き詰めるなんて面倒なことほんとにするのかな?
なんて思ってました、このときは。

私たちはこの日にナスカに着いて、ホテルに泊まり、翌朝地上絵を見学。
そのままリマに戻り、ダラス経由で日本へ帰るという予定でした。
な・の・に、夜の9時を過ぎても私たちは名もなき町で足止め。
さすがに不安になってきました。
そのとき、旅行代理店の社長から電話がかかってきました。
「警察に電話したりして情報を集めたけど、デモは終わりそうにない。
今日はその町のホテルへ行ってください。明日どうなるかわかりませんが、
とにかくまた連絡します。そのままリマへ引き返すということも有り得ます。」
どっひゃ~ん・・・行けないの?ナスカに行けないの?
泣きそうでした。

アルベルトさんが連れて行ってくれたホテルは
エンペラーという名のホテルで、今まで泊まったことのないようなオンボロ・・・。
大学時代バックパッカーで世界を回ったという大阪チームのリーダーが
「おぉ、久しぶりやな~、こんな宿。」と言ってた。
受付には古い事務用机があるだけ。そこ座ってたおじさんが嬉しそうにカギを渡してくれました。
廊下にはなぜか1mおきに鳩が入った鳥かごがかけてあり、
夜なのに「ふるっふー」と鳴き続けてる・・・。
部屋は窓が閉まらず(かなり寒いんです、ペルーの夜は)、シャワーはもちろん冷水のみ。
「明日どうなるんだろう~」
と思いながら、寒さ対策で、持ってきたすべての衣類を身につけベッドへ。
廊下からは「ふるっふ~」。窓からは爆発音が聞こえ、不安なまま眠りにつきました。
この日友達は一睡もできず、翌朝せきこんでました(> <) そして翌朝5時前に私たちはアルベルトさんにたたき起こされることになるのです・・・。 ちなみに立ち寄った漁港ではおじさんがのんびりつりしてました。 長くなってしまいました。最後まで読んでいただいた方、 本当にありがとうございます♪ 次回発砲事件について書きます!


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